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2011年8月4日木曜日

激写厳禁

他部署に頼まれて手伝っていた実験が終わりました。
実験動物に、少し高度な方法で麻酔を行うというものです。少なくとも、機器を制御するコンピューターシステムを構築し、麻酔科医でない人が読んで分かるようなマニュアルまで作り、実例を何度も見せ、最後に横で見張りアドバイスしながら全部自分でやってもらう・・・とこまで行ったので、私達麻酔科医の役目は終わりです。

アメリカンな感覚だと「イエーイ終了!じゃあこの実験のセッティングも入れて、記念写真とろう!」となりそうですが、どっこいそれはダメです。

もちろん、まだ行っている最中の最先端の研究なので(後に特許とかも絡むし)、秘密保持・・・という部分もあるかもしれませんが、それ以上に、動物を使って実験すること自体が、敏感な事案だからです。

・・・
いわゆる「証拠写真」などというものは、後からいかようにも説明されてしまう可能性があります。
例えば、歴史の本で「ある集団の残虐行為の証拠」なる説明書きの写真が載っていたものが、検証の結果、実はそうではなく、それどころか・・・ということが分かったりします。
しかし、そのような説明書きで人目にさらされていた期間があれば、後からいくら訂正したって無駄です。新聞の誤報訂正の扱いがいかに小さいことでしょう。一度落ちたイメージはそう簡単に戻りません。

ちょっと前までは、そのような写真や動画の加工技術と発表媒体はマスコミしか持っておらず、加えて「活字になったことは本当」「テレビの言っていることは本当」と思っている人が多かったのです。

もちろん今では、ネットの広まりのおかげで、素人だって動画を簡単に作って公表できます。これに伴い「ネタをネタとして見抜く」目が、一般に育ってきていることでしょう。

それでも、関係ない写真などの素材に悪意ある字幕がついて時間が経ってしまえば、それが何となく事実になってしまう傾向がないとは言えません。

ウソも百回、いや三千回言えば、少し離れたところにいる、または事実に対する関心の高くない人にとっては本当になってしまうのです(むしろ言っているうちに本人すらも信じていくのがタチ悪いです)。それを知りつくし、企業がらみ・国がらみでやっている例を思いつく方もいらっしゃるかもしれませんね。

・・・
動物実験というのは、事前にそれをする意義をとことん評価されるのに加え、厳しい倫理的な審査を経てやっと行えるものです。「なにもそこまで」と思えるほど、動物に痛み苦しみを与えないように行われるのがルールです。
一部誤解されているように、面白半分に残虐なことをしているわけではないのです。

それでも、実験動物に何らかの器具が取り付けられていたり薬物が投与されるわけですので、業界人がみても何とも思わない写真でも、慣れていない人から見れば驚きのものかもしれません。

そこに
「犬猫虐待中(笑)、お肉は実験後スタッフがおいしくいただきましたw」
みたいな字幕を付けてどこかに流されたら、どんなに研究者が正当な手続きを踏んで行っていてもアウトです。いずれいたずらだとバレるにしても、その間晒し物にされ、そして誰も名誉を回復してくれません。例え事件が終わった後も、ネタ画像として永遠にwebのどこかに残されて、被害者を苦しめ続けます。

そんな可能性のある写真には、誰も入りたくないですね。

ちょっと過敏・大げさ過ぎるだろ、という声が聞こえてきそうですね。
しかし、個人にファイルが配られた時点で、故意でなくともそれはもう漏れるものと思うのが常識の世の中です。

さらに、ある大学では職員として入り込んだ人物が、実は「動物実験の実態を外部に漏らす」目的を持っていた、ある団体からのスパイだったという事件があったそうで、センセーショナルなことになってしまったそうです。

注意しても漏れる、さらには漏らすことでなぜか利益を得る人間がいる、一旦そうなれば当方の言い分は通用しない・・・という時点で、「そんな写真を世の中に存在させね―方がいいや」と思ってしまうのもうなずけます。
・・・

断っておきますが、動物を使って実験することの是非を議論したいのではありませんし、反対の方を非難するものでもありません。

ただ、別段見られてまずいものでなくとも、誤解ととばっちりを防ぐためには、わざわざ表に出さない方がよいものもあるようです。

そしてそれが少し極端になると、

「写真が出回った時点でアウト」

以前流行った「デスノート」って、そういうお話だったのか・・・と今さらながら思ったので、この文章を書いてみただけでした。

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