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2012年12月28日金曜日

ゆく年

昨年は帰国して数カ月、日本に慣れるだけで終わってしまいました。
今年は、仕事的にはちょっとグっとくることも多々ありましたが、逆にそのお陰で関わることができた人たちがいたり、思わぬ方々に助けていただいたり、と個人的には得るものが大きかったような気がします。感謝。


2012年11月17日土曜日

幸せな朝


ある当直明けで裸眼の朝、廊下で向こうから美人が歩いてくると思ったら、近づくと同僚であることが判明しました。

あとで、「僕のドキドキを返してくれ」と言ったら、怒ってました。

2012年11月14日水曜日

again

日本に帰ってきて、大きな駅でアホみたいにデカいトランクを引っ張っていたら、医者が必要な方が発生していました。

私が駆け寄ったときには、すでにやはり偶然居合わせたナースの方が横たえる場所を確保していました。

傷病者の詳細はここではまあいいとして、、、

そのナースは、都内の大学病院の救急センターの看護師さんでした。感心なことに、ジップロックに医療用の手袋数組と、マスクを持っていました。

彼女がてきぱき進めて下さるので、私はいなくてもいいような(医者がそこにいる、という意義しかなかったような)感じでしたが。

多分年齢は私より10ほど下です。えらくカッコよくみえました。

対して私は、飛行機に乗ったままの格好(冬なのに、よれよれの薄いパーカーで、しかも山に行くようなリュックしょったまま!)で、第一に女性と話すコンディションではありません。
周囲の人たちが(なぜか)写メール撮りまくってるのが苦痛なくらいです。

握手の一つもかわして別れるべきでしたが、彼女の両手はすでに血まみれだったので(私は彼女の手袋のおかげできれい)、手を差し出したらかえってそれを気にするだろうな、と思ってやめといてしまいました。

残念。

あ、しかも失礼なことに、自分は名乗ってない気が!急いでたにしてもこれは失礼!

「雪国医科大学の、ICUの(書類仕事をもっぱらとしているヤブ、モニャモニャ)医者」としか言ってないような。



それと、ここに書くぐらいですから、傷病者のかたは大事なさそうです。


2012年11月12日月曜日

学会大成功

お陰さまで、東北某県での麻酔科系学会はたくさんの参加者にめぐまれ、わたしのボスたる会長の面目もたったというものです。
いろいろあったこの県で全国学会やっても大丈夫なんだー、という(他の診療科への)ノイエスを残すことができました。

でも、(誰も求めていないのに)消耗しきったので、再び海外へ逃亡、潜伏しています。

夏休み、終わるな。

2012年10月30日火曜日

イキテイル

最近長文を書く時間がなく、facebookにしか書きこまないため、不健康が祟って死んだと思われていたらしいマスイカケルです。

秋の北国はいい感じですので、学会でお会いしましょう!

2012年6月7日木曜日

体調激不良

一か月ほど体調が悪く、傍目には時代劇にでてくる「労咳」の人のようです。
病院生活は、こんなにも体に悪いものなのか。

2012年4月29日日曜日

受賞

私ではなく、大学時代の同級生であり、同じグループで病院実習を廻り、それぞれ同時期にアメリカに留学し現地で再開も果たしたK君です。研究業績に対し、権威ある賞を受賞したそうでとにかくうれしいです。励みになります。

私はというと...GW前半が、①当直②研究会の幹事や座長③院外待機(でも病院で論文書き)④日当直、、、のような生活で終わってしまいそうです。

ある職員:「なんでマスイ先生は、当直やるような年代では一番上なのに、いつもそんな感じなんですか」
私:「この当直表を作っているのが私であり、そしてその私がビビりだからです」

また仕事の話を書いてしまった。