那覇→羽田
飛行機でとなりに座ったアメリカ人のお兄ちゃんが、突然ノリノリキレキレで踊り始めました。まあ座位保持で私に肘がぶつからない範囲内でですが。
しかし、飛行機からのアナウンスが入るとピタっととまります。アナウンスが終わるとまたダンシングタイムです。
それにしても、あんちゃんいいリズムだなーと思っていると、ちょうど私のヘッドホンから流れていた音楽が止まるのと同時に、彼は踊るのを止めました。
どうやら同じものを彼も聴いていたようです。それで私にも踊りがテンポよく思えたようでした。
なお、曲は「インベーダー インベーダー」 きゃりーぱみゅぱみゅ
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2013年7月6日土曜日
2013年6月26日水曜日
6月 緩和医療学会(横浜) 伊勢神宮禰宜の小堀邦夫氏による教育講演
「繰り返すことにより、伝えられるものがある」
伊勢神宮の神宮式年遷宮は20年に一度で今年10月に62回目を迎えます。
日本人が永遠というものをどのように考えてきたか、が反映されているとうご指摘が印象的でした。
ヨーロッパ人の考える「永遠」は直線的なそうです。堅牢なものを石でつくって、長く持たせようとする。しかし、1000年後には壊れてしまい、作った当時の心が分からなくて、再現することができない。
これに対し、伊勢神宮では同じ宮が二セットあり、20年に一度片方を一度解体して作り直すのを繰り返します。つまり1300年前と、同じ建物が、同じ姿でそこにあるわけで、弥生人のノウハウひいては考え方がそのまま残されているといいます。
米を作ってきた民族なので、毎年それを作るのを続けることが、日本人にとっての永遠なそうです。
また、たままきのおんたちを始めとする神宝も、1300年昔のままに、新しく作って奉納するそうです。
なお、職人たちは人間国宝を始めとした当代一流ぞろいですが、そこに名前が残ることはないとのことです。
「繰り返すことにより、伝えられるものがある」
伊勢神宮の神宮式年遷宮は20年に一度で今年10月に62回目を迎えます。
日本人が永遠というものをどのように考えてきたか、が反映されているとうご指摘が印象的でした。
ヨーロッパ人の考える「永遠」は直線的なそうです。堅牢なものを石でつくって、長く持たせようとする。しかし、1000年後には壊れてしまい、作った当時の心が分からなくて、再現することができない。
これに対し、伊勢神宮では同じ宮が二セットあり、20年に一度片方を一度解体して作り直すのを繰り返します。つまり1300年前と、同じ建物が、同じ姿でそこにあるわけで、弥生人のノウハウひいては考え方がそのまま残されているといいます。
米を作ってきた民族なので、毎年それを作るのを続けることが、日本人にとっての永遠なそうです。
また、たままきのおんたちを始めとする神宝も、1300年昔のままに、新しく作って奉納するそうです。
なお、職人たちは人間国宝を始めとした当代一流ぞろいですが、そこに名前が残ることはないとのことです。
2013年5月19日日曜日
2013年3月20日水曜日
2013年2月1日金曜日
虚弱王
1週間の間に、ギックリ腰と、肺疾患と、インフルエンザになりました。
お気づかい下さった皆様ありがとうございます。
ところで、臨床現場である病態の患者さんの痰を排出させるために、陽圧換気を繰り返すとか、肺理学療法を行うわけですが、「なんで痰がでてくるか」を恥ずかしながら言葉の上でしか分かっていませんでした。
内心、「話は分かったが、でもやっぱり何で痰が出るんだろう」などと思っておりました。
が、自分でなってみて大変よく分かりました。
自分の肺の末梢組織がすごく過敏になって、空気を大きく吸い込むこと自体がすごい刺激になるような感覚でした。
2012年12月30日日曜日
帰国一年
英語の夢を、全く見なくなりました。
「英語を使う機会がない」のです。マジで。論文やら査読やらで文章の読み書きは毎日のようにやっているのですが、びっくりするほど会話はしません。
ここがちょっとワケありの地域で、外人が少ないであろうことを差し引いても、驚異です。
でも、よく考えれば、ある瞬間突然フルパワーの英会話をしなければいけない状況って、これまたないんですよね。現に、先日米国時代のボスが訪日した際にも、初日はボロボロでごまかしまくりました。でも、二日目から耳と口が少し動くようになりました。
自分の記憶の中の(美化された)ピークを維持しなければいけない!というプレッシャーって、コストvsベネフィットがあいません。
実践の機会が少ない知識技術は、優先度を下げてよい。
そういうものに関しては、必要になった時に突貫工事で取り戻す、急きょ必要なときは、得意な人に任せる。
そんな風に最近割り切ってます。
「英語を使う機会がない」のです。マジで。論文やら査読やらで文章の読み書きは毎日のようにやっているのですが、びっくりするほど会話はしません。
ここがちょっとワケありの地域で、外人が少ないであろうことを差し引いても、驚異です。
でも、よく考えれば、ある瞬間突然フルパワーの英会話をしなければいけない状況って、これまたないんですよね。現に、先日米国時代のボスが訪日した際にも、初日はボロボロでごまかしまくりました。でも、二日目から耳と口が少し動くようになりました。
自分の記憶の中の(美化された)ピークを維持しなければいけない!というプレッシャーって、コストvsベネフィットがあいません。
実践の機会が少ない知識技術は、優先度を下げてよい。
そういうものに関しては、必要になった時に突貫工事で取り戻す、急きょ必要なときは、得意な人に任せる。
そんな風に最近割り切ってます。
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